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大阪高等裁判所 昭和30年(う)261号 判決

被告人 高畑佐吉

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処し、三年間その執行を猶予する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

本件公訴事実中恐喝未遂の点については被告人は無罪。

理由

原審第二回公判における証人楠本正夫、同A、同B、同近藤源吉の各供述調書、楠本久一の検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する昭和三〇年一〇月一一日付供述調書、被告人の検察官に対する同月二一日供述調書、当審における受命裁判官のB、近藤源吉に対する各証人尋問調書を総合すると、被告人は、BからB女が楠本正夫に強姦されたことについて、同人を告訴すること及び同人に損害賠償の請求することを依頼され、楠本久一に対しBが右被害を受けたこと及び正夫に対し五万円か一〇万円要求すべき旨を告げ、昭和三〇年九月一〇日頃同人をして正夫を田辺市湊の旅館喜楽久に連れて来させ、同所の一室で正夫に対し、右事実についてBが告訴すると言つていると告げて暗に賠償金の交付を要求し、正夫が、その件については相手方に一〇、〇〇〇円を渡して解決がついていると言うと、被告人は一〇、〇〇〇円位では解決できぬと激語し、次いで楠本久一は正夫を室外に連れ出し右旅館内の廊下で同人に対し「これは相当問題が大きくなる、告訴されれば新聞にも出されるし、勾留もされる。高畑は一任されているから同人に聞かなければわからないが、一〇万円位出さなければ納まるまい」といつて金員の交付を要求したが、正夫が応じなかつたので右要求の目的を遂げなかつたことが明らかである。

そして他人に対して損害賠償請求等の権利を有する者が、その権利を実行することは、その権利の範囲内であり且つその方法が社会通念上一般に忍容すべきものと認められる程度を超えない限り、何ら違法とならず、恐喝罪を構成することがないことは最高裁判所判例の示すとおりである。(昭和三〇年一〇月一四日第二小法廷判決、集第九巻第一一号二一七三頁参照)被告人が正夫に対して執つた言動は、前記のとおりBが正夫から強姦された事実につき告訴すると言つているとか、又は既に支払つた前記一〇、〇〇〇円位では納まらないという程度であり、その表現に多少の激越性があつたとしても右請求の額及び方法において右損害賠償請求権の行使の範囲を逸脱し、社会通念上忍容すべき程度を超えたものとは認められず、又楠本久一の正夫に対する言動も同様と認められ、これらはいずれもいまだ恐喝罪を構成するものとなすべき限りではないとするを相当とする。しかるに原判決が、被告人がBからは何ら委任がないのに、右強姦のうわさを耳にし、その真相を確めることなく、正夫に対し前記言動に出たものとしたのは、証拠に対する判断を誤り事実誤認に陥り、ひいて法令の適用を誤つたものでこの誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。よつて量刑不当に関する論点に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条、第三八二条、第三八〇条、第四〇〇条、但書により原判決を破棄し、原判示第五を除くその他の事実について、原判示のとおり法令を適用し、判示第一及び第四の横領による損害を全部弁償した等の犯情にかんがみ、刑法第二五条第一項を適用することとする。

なお、本件公訴事実中被告人が楠本久一と共謀の上、昭和三〇年九月一〇日頃和歌山県田辺市湊旅館喜楽久において、楠本正夫に対し、同人がBを強姦した事実に関し、被告人は、Bが告訴すると言つている金を作れば解決してやると言い、楠本久一は、告訴されたら勾留されるし、新聞にも出される、一〇万円出せば話をつけてやると言い、楠本正夫をして若し右要求に応じなかつたら告訴されその名誉を害されると畏怖させて示談金名義の下に同人から金員を喝取しようとしたが、同人が右要求に応じなかつたのでその目的を遂げなかつたという趣旨の恐喝未遂の点については、前詳記のとおり罪となるべきものとは認められないから、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をする。

以上の理由によつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小川武夫 竹内貞一 柳田俊雄)

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